「人間を諦めない」という姿勢

 

【小林健二「透明な坂道のある部屋」/ 2022年】
小林健二個展「糸遊、朧、陽炎の部屋」にて展示予定


何カ月か前のことになるのですが、同じ西千葉エリアにある山口画廊さんに遊びに行った時の話です。

その時期は丁度ウクライナ問題が始まったばかりの頃で、社会の雰囲気がどことなく暗澹としてきたように思われる時期でした。

山口さんも展覧会に来るお客さんが急に減ったと仰っており、何となく気持ちが沈みやすく芸術どころではない空気になってきているんですかね、というような明るくない話をしておりました。

実際に戦争の渦中に置かれてしまった場合、きっと真っ先に捨てられていくのは我々のような職業なのだろう、という話をひとしきりした後に

「でもね。1945年8月の終戦から一カ月後の9月に東京の銀座で行われた個展があるんですよ。絶望しそうになることは多いけれどその史実からはいつも希望をもらいます。」

ということを教えていただきました。

さらりと仰っておりましたが、よくよく考えると実はものすごい史実だったのではないかと思い、後でインターネットで少し調べてみたのですが、情報量こそ少ないものの確かに1945年9月に銀座で三岸節子さんという女流画家が個展を開催していた事実が出てきました。

1945年8月に終戦するまで東京は空襲に見舞われていたことを考えると、そこからわずか一カ月というのは復興も何もままならない中で行われた個展だったのだろうと察します。

「人間を諦めない」

その史実を眺めていく中で私の中に浮かんだ言葉がそれでした。



少し前のブログで「戦争の反対の位置に芸術があるのではないか」ということを述べたのですが、そもそもこの戦争と芸術という現象は人間特有のものではないかと思います。

人間と自然界に属する他の生き物の違いを述べると沢山あると思いますが、私はそのひとつに「死」というものへの認識があると思います。

多くの生物はそもそも自らがいずれ死んでいくことを意識しておらず、「今を生きる」ことだけに集中して動いているという話を聞いたことがあります。

自然界はそもそもひとつひとつの生物個体よりも種の存続を優先に流れている面があり、その連鎖の結果、大きな自然の生命体の循環を保っているところがあると言えます。

一方で人間は「人間」という生物種の存続よりも、ひとつひとつの個体の存在価値を高めてきた生き物であると言えます。そこが自然界と人間界の在り方の大きな違いとも言えると思いますが、もしかしたらそれは人間が「全ての生命個体はいずれ死んで無くなる」という認識を強く知っているからではないか、だからこそ「個体を尊ぶ」という発想が生まれ得たのではないかと思います。

そしてこれは私の持論にすぎませんが、「死」という現象を知っているからこそ人間は戦争と芸術という考え方を持てるのではないかと考えます。


「死」という現象を知っている(あるいは知っているつもり)の人類は、歴史をざっと振り返ってみただけでも、その現象を負の力に変えてきたように見えます。

その最大の例が戦争ではないかと思うのです。

自分が生命的に危機を感じた結果相手を殺してしまうということは他の生物の世界でもよくある話だと思います。

ですが自分の利害などから計算して、計画的に相手を死に至らしめるという発想が出来るのは人間特有なのではないでしょうか。

「全ての生命個体はいずれ死んで無くなる」という事実は「全ての生命個体は破壊することができる」という知識にもなります。

戦争とは人間特有の「死」に対する認知の濫用だと私は思います。


その逆の話として、「死」を知っているからこそ人間はここまで精神的に発達してきたのではないかとも思います。

一人一人が「いずれ自分は死ぬ」という事実を持っているからこそ、存在のひとつひとつが尊いという考え方は生まれたのではないかと思います。

その結果、自分の人生の中で見聞きするものを丁寧に享受し、それを自分の中で深めていくことを可能にしてきたのではないかとも思うのです。

その享受の仕方も深め方も個人差はもちろんあるでしょうが、確実に人間の心の在り方というものは、人類史を見ても変化を辿っているように思います。

文化芸術に見られる表現や成果はある意味でその結晶と言える気がするのです。


「死」から派生したふたつの人間の要素を個人的な考えの範囲で述べましたが、この狭間で葛藤を強いられているのが現代の人間ではないかと私は思います。


戦争という現象はいくつもの事柄が重なりに重なった結果勃発するものだとは思いますが、その根底には「自分が今この瞬間この場所で生きられればそれでいい」という姿勢から来るものではないかと考えます。

この姿勢は動物的本能の形に非常に近く、その名残とも呼べるかもしれません。

これをあくまで「名残」とするのは、今この瞬間に自分が生存可能な環境というものが、人間界と自然界とでは最早あまりに違うからです。

現代の人間にとっての「今この瞬間に自分が生存可能な環境」の安全や快適レベルの水準は人によって変わる上に、自然界のそれとは中身が全く異なるように思います。

ですが「自分が今この瞬間を生きられればそれでいい(だから自分にとって生存に必要な環境の安全と快適度は最低限守らねばならない。)」という発想は瞬間を生きる生物本来の在り方に遠くはないものを感じます。


対して文化芸術という現象は、心が発達した人間特有の在り方に見えます。

文化芸術を発達させることは、そもそも一個人のみで成し得ることではありません。

そこには「個体を尊ぶ」という人間ならではの考え方をさらに発展させたもの、つまり「個体としての存在を互いに尊び合う」という姿勢が大きな土台になってきたのではないかと感じます。

そうでないと一人が表現したものが他者の心に響くということ自体あり得ないと思うのです。

自分がいずれ死んでいくことを知り、そしてそれは他者も同じであること、だから自分も他者も同じくらい尊ばれ得る存在であること。この理解があって初めて文化芸術はここまで発達してきたのだと思います。


何か正解とか善いことであるとか、そういうことを言うつもりはありません。

ただ戦争と芸術というものは正反対の位置にある事象なのだろうと考える私には、この二つは動物として本能的に生きるか、人間として文化的に生きるかの対立のようにも見えます。

もちろん人間も動物の一種ではありますし、間違えなく生命体なので本能的に生きることが悪いことともおかしいこととも思いません。

ですがこの本能的に生きていくことを優先的に選択していくのであれば、とても大きな視点から見た時に、人類も自然界に帰っていくのが一番平和に生きられるのではないかと、個人的には思います。



終戦からわずか一カ月後の銀座で個展が開催されたという事実は、人間の動物本能的な面と人間特有の文化的な面の狭間の中での葛藤に対する、ある意味でひとつの小さな答えだったのではないかと私は思います。

破壊されたずたぼろの状況の中で、生命存続には直結しない芸術作品の発表を行ったというこの強い事実は、それでも人間を諦めなかったひとつの事実のように私には感じます。

この小さな史実をどう感じるか、あるいは何も感じないかは人によると思います。

ですが私にはとても美しい希望だと思いました。


最近の世界情勢はますます不安定ですが、そんな今だからこそこの史実は何かを物語ってくる、そんな気がします。


企画画廊くじらのほね

飯田未来子


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【小林健二「他に誰もいないと思って、一人で歩くのは果てしなく遠い」】
小林健二個展「糸遊、朧、陽炎の部屋」にて展示予定



【次展のお知らせ】

小林 健二 個展
「糸遊、朧、陽炎の部屋」
2022年10月12日(水)-10月31日(月)
10:00~20:00
火曜 定休(今展は水曜も開廊)

作家来廊日:10月22日(土)午後より予定

こちらの展覧会は近隣の山口画廊さんと合同企画となります。

山口画廊ホームページ


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