作田富幸個展を開催するにあたって。

 


作田富幸さんとの出会いは結構前で、知り合ったタイミングで言うのであればもしかしたらご縁のあった作家さんの中で一番古いかもしれません。

初めて作田さんの作品を見た時、当時の私がぐっとハートを掴まれたのをよく覚えています。

その後、紆余曲折を経てまさか自分が画廊を開き、そこで作田さんの作品を扱わせていただくことになるとは本当に夢にも思っていませんでした。


作田さんの作品は苦手な人は苦手かもしれません。

描かれる者は奇怪な形や顔をしたものが多く、その表情も歪んでいたり泣いていたりすることが多いようで、多くの人が想起するような「綺麗な絵」とはある意味で真逆を行くような作品がほとんどです。

人によっては不気味がったり怖がったりしてもおかしくない、そんな作風であることは間違えないでしょう。

もし絵をインテリアとして迎えたいのであれば、少なくとも現代日本社会に暮らす多くの人にとっては、作田さんの絵は積極的に避けられる部類になるかもしれません。


しかし今一度思い出したいこととして、そもそも絵とインテリアはイコールではありません。

もちろんインテリアとしての絵画というものも存在しますが、全ての絵画がインテイリアとして消費されるわけではないでしょう。

作田さんの絵は徹底して「芸術絵画」であろうとしており、インテリアとしての絵画とは程遠い位置に存在する作品ではないかと考えます。


「芸術は心地よくあってはならない。」

この言葉は有名な岡本太郎氏の言葉で、作田さんも大切にされている言葉だそうです。

芸術とはインテリアなどではなく、「綺麗に整ったもの」を作ることだけが目的ではありません。

これは私個人の考えですが、もし才能に秀でた表現者がその表現者自身から生じる物事だけをモチーフに作品を手掛けたとき、その作品は「綺麗に整う」ことが難しくなるのではないでしょうか。

例えば「綺麗な絵」と言って連想するとき、何を思い浮かべますか?

花の絵、鳥の絵、海や空、綺麗な街並み、美しい人…

ざっと思いつく形を挙げてみましたが、これらは全て自分の外界に存在する事象の姿です。

多くの「綺麗な絵」を描く作家は自分が見てきた外界の存在や事象の姿を借り、そこに自分を投影して描くことが多いと思います。

(抽象画はまた別になりますが、テーマなどをやはり外界の存在や事象に借りることは少なく無いと思います。)

ではもし絵を描く際、丸裸の自分自身だけをモチーフにして作品を描けと言われたら、あなたならどうしますか。

果たしてどれくらいの人が「綺麗な絵」を自分の作品として完成させるでしょうか。


本当の意味で自身のスタイルを作品に持つ人は、自分自身を深く見つめることができる人です。

美しい面も醜い面も分け隔てなく自分を深く探り、自分は何が表現したいのかを真摯に見つめます。

その源は自分の人生で得た経験、それが元になって形成される人格、そして心が感動する在り処、

そういったものが無意識下の層にまで深く沈み自分と区別無くなった所、心の底とでも言うのでしょうか、そこにあると思います。

なので本当の意味で「自己表現」というものは「綺麗に整ったもの」に極端に偏らないと思うのです。

真に自分を表現したくなるとき、その内容はこちらでコントロールできるものではないと思います。

それは表現者にとって突如湧き出る泉のような衝撃かもしれません。


話は戻って作田さんの作品について。

先日展覧会のために届いた作品たちを紐解いて対面したときに、「これこそが表現だ」そう思いました。

一人の人間が持ち合わせる喜怒哀楽、それすらも通り越したさらに奥にある感情の根源的なものを垣間見た気がしました。

人は社会を生きるために自分を取り繕い、整え、なるべく「良く」「綺麗に」見せようとすることが多く、それはある意味で鎧であり武器となります。

作田さんの作品はそんな武器を取り上げ鎧を剥ぎ取り、「社会」というフィールドすらも奪い去っていきます。

そうされたときに1人の人間には何が残るのか。

それは本音とも呼べる「心」とその人だけが歩める「人生」というフィールドではないでしょうか。

作品は作田さんの人間として真っさらな心と人生そのものの描写、そう思います。


感性の話ばかりになりましたが最後に。

作田さんの銅版画技術は群を抜くレベルの高さです。

そんな技術力を持ち合わせながらも技術の高さを誇示することなく、作品を見ているとそもそも銅版画であるということも忘れてしまいそうです。

ですがその技術力があるからこそ、モノとしての完成度を保ちながら自己表現を豊かに展開できるのだと思います。

ときには遊び心も携えながら銅版画を軸にいろんな展開を見せた今展。

ぜひ5日よりお楽しみください。


企画画廊くじらのほね

飯田未来子

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